松下誠子が双ギャラリーで個展を行うのは、今回が3回目となります。
彼女は常にパーソナルな問題に向き合った作品を制作し続けています。

松下誠子は、彼女自身が制作したパラフィン紙の衣装をモデルに着用させ、撮影した写真を元にドローイングを行っています。
彼女はずっと以前よりパラフィン紙を衣装として用いていますが、今回の展覧会のためにその意図とも言える文章を寄せてくれました。
彼女の作品に通底するもの、それを顕在化させるツールとして彼女の作品群が出来上がってきたと言う事は、大変興味深いものだと言えるでしょう。




十数年前、母が死ぬ一週間前の事。
右手の感覚だけを残し前進が麻痺していたが、意識だけは鮮明であった。
おむつを替えてもらう時、付き添いの人に娘に私の身体を見せてあげてと言った。

母は自分の身体を使って、私に最期のレッスンをしたのである。
白い皮膚は完全に弾力を失って、ほころびた母の肉体は、鮮明な意識と分離して朽ち果てた物質のようであった。
私語、時が経つにつれて母は十分に身体を使い切ったと思うようになった。その時から身体を第一の衣服ととらえて第二の皮膚としてパラフィンの衣服が生まれた。いまを一時でも留める温室装置も含めて。

古代宗教では人間は分子の霧のようなもので、一つの消滅はもう一つの生を意味するらしい。
生物学的にも受動態として我々の生はある。
ドローイングの一つ一つの動作は、意思や人間性といったものから離れて、必然と受動性に関わるものでありたい。
松下誠子