会場風景
 


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立体、彫刻、オブジェと呼称される一連の立体的作品をオブジェクトと括ってはみるが、作品に向かう思考も背景も様々なので名称は難しい。
60年代後半から70年代にかけての日本のアートシーンでモノ派の動向は、彫刻を超えるという考えが明確にみえてくる。
台座から降りた作品は、木であり石であり、鉄板であり、手技を避け、場に向かうインスタレーションの形をとられている。
しかし、80年代になると新しい彫刻ともいわれる動きが次第に活発になってくる。やはり、ニンゲンには作るという原初的な行為が消えていくことはないと思われる。だが、80年代はグループ的な活動は姿を消していくのも時代の趨勢との関連があるようだ。
今展覧会の作家、作品の簡略な概要をみてみると時代の流れが読み取れる。
モノ派の中心的な作家であり、今も一貫した制作態度を保持する菅木志雄、彼の作る事を極力避けた作品は時代を超えて新しい。
時代とは無関係に自己の表現に固執する味岡伸太郎の作品には自然との融合がみてとれる。
80年代中ごろから、新しい彫刻を模索していく作家たち。岡崎乾二郎の思考との関連の深い作品に、伊藤誠のユニークで不思議な形体。
山田恵子はモノ派の思想に影響を受けながらも造形的、色彩的な要素の濃い作品である。20代のイタリアのアーティスト、ロサ・ロッサは、ハードな鉄の作品に写真を組み込み、音が入り、ライトボックスにする。彫刻の境界線を軽々と超え、社会へのアンチテーゼを彫刻に求めていく。
李允馥は手技の極地ともみえる彫刻だが、忘れかけてきた人間の作る、作りたいという欲望ともいえる制作態度は、情報化社会の21世紀の現在新しく感じられる。
新しい、古いという概念はすでに風化したモノでしかないのかと、私はこのところ考える。作り手が何を考え、何を求め、その中で自らの表現を模索していく、その当たり前の行為に尽きるようだ。
20年の短いサイクルの中で出逢った作家たちの作品群は時代の代弁者ともいえるように私には思われてくる。

尚、山田恵子、ロサ・ロッサ、李允馥の作品は未発表の新作を発表致しました。

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